2011年6月30日木曜日

6/30 第2回定例会おわりました



 ↑今日も暑い1日でした。区役所1階部分は壁面緑化されています。温度計を見ると緑化されていない部分と10度近く違います(写真は以前撮影したもの)。

 今日は区議会第2回定例会の最終日でした。

 中央区には2人の福区長がいますが、1人の副区長が退任し、新たな副区長が専任されます(専任同意といいます)。

 「副区長は一人で十分」との考えから、日本共産党区議団を代表して、おぐり智恵子議員が反対の意見開陳をしました。

 ★副区長が一人の区は11区あり、中央区の6倍の人口をもつ練馬区でも1人だということ
 ★副区長ポストは、東京都幹部職員の天下りの受け皿となってきた過去について
 ★副区長一人の人件費は給与と退職金合わせて4年間で8000万円になること
 ★区の職員数は減らされ続けているなかで、副区長2人制を維持することの矛盾

 など、反対する理由を述べました。

 共産党区議団は、定例会本会議の前に必ず「意見書」を提出していますが、今回提出した下記の4つの意見書は通りませんでした。残念。
 
 1.豊洲新市場予定地における土壌汚染状況の再調査を求める意見書
 2.原発からすみやかな撤退と自然エネルギーの本格的導入を求める意見書
 3.復興財源に関する意見書
 4.介護保険法改定に関する意見書

 夜は、区役所向かいのブロッサムで、理事者の方々と懇談会がありました。他の会派の議員の方々とも楽しく飲み語り、交流を深めました。

2011年6月28日火曜日

6/28 お知らせ 「原発ゼロをめざす7.2緊急行動」



 ↑今日のランチは韓国料理「五湯道(オタンドン)」で。黒ゴマ、ピーナツたっぷり特製スープの「冷やし黒胡麻坦坦麺」。やっぱり冷たいものに手が伸びます。http://r.tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13038812/

 7月2日(土)、明治公園で「原発ゼロをめざす7。2緊急行動」があります。
 時間は11:00~16:00まで。

 安斎 育郎(安斎科学・平和事務所所長)
 飯田 哲也(環境エネルギー政策研究所所長)
 市原 悦子(女優)
 伊東 達也(原発問題住民運動全国センター
 菊池   紘(自由法曹団団長)
 根岸 季衣(女優)
 野口 邦和(日本大学専任講師)
 肥田舜太郎(前被団協中央相談所所長)
 本間  慎(元日本環境学会会長)
 湯川れい子(音楽評論家)

 プログラムは、
 ①ブース企画(11:00~12:50)
  「食べたい・知りたい・作りたい」がコンセプト。原発ゼロをめざす行動・運動の交流、放射能問題や代替エネルギー問題の「青空教室」、福島原発事故被害者と連帯する物産展、パレードグッズ作り、など。

 ②メイン集会(13:00~14:20)
  原発のある県の住民、公害団体や研究者などから原発ゼロのうったえ。

 ③パレード(14:30~16:00)
  「原発はいらない!」の声を上げ、渋谷方面に歩きます。

 今回の事故で、原発の危険性とともに、原発に依存する社会の危険性を再確認しました。ひとたび原発事故が起きれば、地球全体が極めて長い期間、放射能の汚染に見舞われることになります。世界有数の地震国である日本で原発を存続させることは将来に禍根を残すことです。

 今こそ、原発ゼロをめざす国民合意を作りましょう。

2011年6月27日月曜日

6/27 「原発学習会」のお知らせ


 ↑前回の学習会のようす。開場となった日本橋公会堂のホールは満席でした。関心の高さがうかがえます。前回講師は野口邦和さんでした。

 連続企画【3.11から考える中央区民のつどい】
 第2回「原発・エネルギー政策の根本的転換をーいま、福島原発事故から学ぶこと」
 が開かれます。

 今回の講師は館野淳さん(元中央大学商学部教授)です。

 東京大学工学部応用科学科卒。日本原子力研究所勤務(核燃料科学)。日本科学者会議エネルギー・原子力問題研究委員会前委員長。著書に「廃炉時代がはじまった」、「どうするプルトニウム」、「徹底解明 東海村臨海事故」など。

 7/22(金) 午後6時半から(開場6時)
 資料代500円
 月島社会教育会館 4階ホール(定員240名、先着順)

 お問合せは、090 4077 2282(福田) までどうぞ。

6/26 全区立学校での放射線測定が実現


 ↑月島・西仲通り商店街で開かれた「被災地応援フェア」。東北地方や茨城県の特産品などを販売していました。

 区側は当初、「中央区は非常に狭い地域。区内3ヶ所の保健所での測定で十分」という態度でした。

 共産党区議団、委員会や定例会の質問のなかで、繰り返し測定場所を増やすように要求してきました。区民の方々からの声も大きな後押しとなり、今回、「全区立学校、区内保育所、公園などでの放射線量測定」が実現しました。

 測定場所・・・あかつき公園、堀留児童公園、月島第一児童公園、
         区内保育所(認証保育所を含む)
         全区立学校(幼稚園、小学校、中学校、柏学園)

 測定内容・・・(空間放射線量)公園、園庭(校庭)、又は屋外で活動する場所内の1ヶ所
         地上から5cm、50cm、1mの3ポイント
         (プール水放射能)小中学校の屋外プール(16施設)

 共産党区議団は、人間の行動する高さ、子どもの身長など考慮して、低い地点での測定も求めてきましたが、今回3つの高さでの測定が決まりました。

 6/23 3つの公園
 6/24~7/1 保育所、小学校など順次測定予定です。
 6/27 プール水も測定されます。

 測定結果は、中央区HPで公表されます。
 

2011年6月25日土曜日

6/25 「奥村あきこレポート」No.23 できました



 今号の特集は、共産党中央地区委員会として参加した「被災地ボランティア報告」です。

 1日目の「泥だし作業」、2日目の「支援物資配布」の様子を写真を多めに入れて、石巻でのボランティア活動の様子を紹介しました。

 そして、みなさんから寄せていただいた救援物資、救援募金は全て、現地の「日本共産党救援センター」を通して被災者に届けられたこと、現地で聞いた被災者された方々の話も報告。

 「被災地ボランティア」は、第2弾、第3弾も予定されています。

 人的・物的支援がまだまだ必要です。復興のため引き続き力を尽くしていきます。

2011年6月22日水曜日

6/23 神楽坂で考える


↑お店の入り口前にて、母と。ご機嫌ですね。

 今日は、企画総務委員会の付託議案の傍聴、自宅で宅急便の受け取り、「奥村レポート」印策、等々バタバタした後、神楽坂へ。

 家族が「「当選祝い」の食事会を開いてくれました。既に2ヶ月が過ぎていますが。

 神楽坂には妹が住んでいるので、たまに行く機会がありますが、行く度にお店が増えている感じです。妹も、「制覇したいけど、ムリっ!」と言っています。

 今回は、「+81 RESTAURANT」で。→http://www.81restaurant.jp/

 しつらえもプレゼンテーションも斬新、モダンで面白かったです。一瞬見ても、使われている食材が何だか、説明を聞かないと分からないようなものもあって、楽しめました。

 お店がある通りには、飲食店が軒を連ねていて、横道にそれると、石畳の町並みが続き、フラフラ散歩するのにいい雰囲気です。

 渋い旅館の横に、こ洒落たバーがあったり、「神楽坂、流行ってるなー」という感じ。多種多様な店が共存し、活気があってよいです。

 中央区にも取り入れられるアイデアが何かないものかと考えてしまいました。月島で元気だった「もんじゃ店」なども、震災後はイマイチ、パワーダウンしているようですし。

 中小企業支援も、私が所属している「区民文教委員会」で扱うテーマですので、今後、研究していきます。

2011年6月21日火曜日

6/21 一般質問 2日目


 ↑「ユック」にて。今晩は満席。カウンターでビールを飲みつつ、席が空くのを待ちました。

 共産党を代表して、志村たかよし議員が質問に立ちました。

 質問事項は下記のとおりです。

 ★福祉と防災のまちづくりについて
 ★福島原発事故と放射能問題、エネルギー政策について
 ★「社会保障と税の一体改革」「復興財源」と消費税増税について
 ★築地市場廃止問題と「賑わい施設」構想について
 ★「君が代」規律強制問題について

 「大地震による地盤沈下、液状化、堤防の決壊、そこへの大津波など、区はこのような可能性を想定した災害対策を独自に研究・検討しているのか」

 「高台への避難に時間を要する平野部などで、緊急、一時的に避難する『津波避難ビル』 の指定を、再開発した高層ビルの協力でどう進めようとしているのか」

 「『地域防災計画』には、原発事故を想定した記載がないが、放射能対策について必要では」

 「中央区の『自然エネルギー・環境機器導入費助成』制度において、対象機器を広げることや補助率を上げるべきでは」
 
 などの質問をしました。しくは「区議団HP」をご覧ください。

 今日の定例会終了は7時30分を回っていました。毎回、定例会での共産党質問の後には、区議団で食事をするそうです。

 今回は、銀座の北海道料理「ユック」へ。勝どきの加藤議員は北海道出身、前任者の田辺七郎さんも同じく北海道出身です。

 やっぱり北国の魚介類は美味しいですね。議員団で親交をあたためた夜となりました。「銀座  ユック」→http://www.yukku.net/

2011年6月20日月曜日

6/20 一般質問 1日目



 ↑今日のランチはテイクアウトのカレー。ミートカレーとタイカレーの2種から選んで、好きな惣菜をトッピングします。
 http://meat-curry.com/
 http://r.tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13054899/

 今日は、本会議一般質問の1日目です。

 自民党、公明党、みんなの党が質問に立ちました。

 夜7時まで、たっぷり時間が使われました。とてもよいことだと思います。

 その後、レンタカーでトラックを借りて、南船橋の「イケア」へ。事務所で使うスタッキングチェアや、自宅で使うダイニングテーブルなどを購入しました。のびのびになっていた買物を済ませてホッとしました。

 明日は、2時~共産党の一般質問です。志村たかよし議員が質問に立ちます。ぜひ気軽に傍聴にいらしてください。ラジオ放送「中央FM」でも聴けます。
 

2011年6月19日日曜日

6/19 震災ボランティア活動レポート


★6/18(土)は 「住宅の泥出し作業」でした。


 ↑まずは、宿から石巻の共産党災害支援センターへ。中央地区委員会に寄せられた物資(野菜、米、味噌、などの食料品、おむつなど)の積み下ろし。 


 ↑フル装備。ハエと蚊が大量発生しているという前情報があったので。誰だかわかりませんね。


 ↑至る所に船が乗り上げています。水の威力はすさまじいです。

 
↑住宅街の公園では、すべり台の横にも船が...。


 ↑どこからか流れついてきたというアパート。部屋番号から察するに、2階部分のようです。


 ↑川口町の住宅にて。床板をはがしての「泥出し作業」。重労働です。これから暑くなればさらに過酷な作業になります。
 

 ↑休憩時間。おうちの方が飲み物、お菓子を差し入れて下さいました。

 住宅1階の天井まで浸水したそうです。庭にも砂がたまり、堀り進めるとヘドロが出てきて、匂いが強烈です。

 扉やサッシ戸もとれてしまったので、住民の方は今は知り合いの家に泊まり、ここに住んではいませんが、時間を見つけては片付けに来るそうです。

 「最初は呆然として、どこから手を付けていいか何も考えられなかった。留守にしていると、庭に粗大ゴミを捨てていく人もいる。毎回来る度に、何だか物が増えていくの」と嘆いていました。

 建物は残っていても人が住める状態にするまでにはまだまだ時間がかかります。近所に人が住んでいる気配がない中で、住める日を目指して、片付けをコツコツ進めるというのは、しんどいことです。「やる気」を出すのが大変だと思います。

 
 ↑戦争の後のような石巻市内の光景。がれきの町並みが続きます(車から撮影)。


 ↑建物はポツリ、ポツリ、しか残っていません。


 ★6/19(日)は 「支援物資の配布作業」。
  

 ↑鹿妻(かずま)の東公園にて。ブルーシートの上に運んできた物資を並べました。野菜、米、味噌、箱ティッシュ、タオル、石けん、などなど。
 
 
 ↑開場前から公園の入り口には列ができていました。

 ↑衣類もたくさん集まりました。

 やはり食料品は人気です。バスタオルもすぐになくなりました。大人用おむつは、今回小さめサイズが多かったので「Lサイズはないの?」と何度か聞かれました。衣類は、普段着として気軽に着られるものが人気のようでした。

 1日目、2日目と違う作業に参加できてよかったです。被災者の方とお話することもできました。

 3ヶ月のお孫さんを連れて、奇跡的に助かったおじいさんの話も、考えさせられました。津波から逃れるため、車で日和山を目指したけれど、道は長蛇の列。あきらめて迂回し、海により近くはなるけれど、自分の仕事場(鉄工所)に戻り、事務所の2階にたどり着き、10分後には津波が押し寄せたそう。3日後に、胸の高さにまで引いた水の中を泳いで、救助を呼びに行き、最終的にはヘリコプターで引き上げられて命をとりとめたそうです。「運ってなんだろう...」。

 東日本大震災の行方不明者の1/4が石巻市民だそうです。がれきを撤去している重機もちらほら見られましたが、全体としてまだほとんど手付かずです。石巻では、1年間で出るがれきの100年分がすでに出ているそうで、集めたところで持って行き場がないという状態です。

 人的・物的支援がまだまだ必要です。復興のため、これからも力を尽くしていきます。
 

2011年6月17日金曜日

6/17 震災ボランティア 今日からです


 ↑「日本共産党中央地区委員会」前にて、出発前の元気な姿。

 今日から本会議スタート。 平成23年度「第二回定例会」に付議される議案についての説明がありましたが、その前に、議員と理事者そろっての写真撮影をしました。これから「区のおしらせ」に載るものです。

 夜からは「震災ボランティア」で宮城現・石巻へ。

 宿がある古川まで車で約5時間半。着いたのは夜中12時過ぎでした。

 明日は、7時に宿を出発し、一般住宅の「泥出し」作業に加わる予定です。

2011年6月16日木曜日

6/16 意見書を提出しました

 日本共産党区議団は、定例会本会議の前に必ず「意見書」を提出しています。

 今回は4つ提出しました。
 
 1.豊洲新市場予定地における土壌汚染状況の再調査を求める意見書
 2.原発からすみやかな撤退と自然エネルギーの本格的導入を求める意見書
 3.復興財源に関する意見書
 4.介護保険法改定に関する意見書

 1人1つづつ担当を決め書きました。

 私は、下記の「復興財源に関する意見書」を仕上げました。

  『未曾有の大震災から3ヶ月が経過し、被災者と国民に、国がどのような役割と責任を果たすのかが問われています。
 そんな中、「復興税」を名目にした消費税増税の議論が出てきています。これは、復興を口実に増税の道をひらくものです。
 多くの国民の暮らしに目を向ければ、収入は減り続ける一方で、医療・年金・介護などの負担は増え続けるという、苦しみが続いています。消費税が増税されれば、国民の消費は落ち込み、地域経済は壊滅的な打撃をうけることは明らかです。
 そして何よりも、消費税増税は、被災者にも増税を押し付け、苦しみに追い討ちをかけることになります。
 消費税が増税されれば、国民生活と日本経済の活力を奪うことになり、国をあげての復興にも大きな障害を持ち込むことになるでしょう。
 よって、復興財源は、消費税増税ではなく、
  大企業と高額所得者の減税の中止、不要不急の大型公共事業の中止、米軍への「思いやり予算」やグアムの米軍基地建設費の中止、原発の建設・推進経費の削除、政党助成金の廃止など、今年度予算の抜本的な組み替えを行うこと
  大企業の内部留保を復興財源に活用するために、「震災復興国債」を発行し、大企業に引き受けることを要請するという、二つの基本方向で確保するよう要望します。』

 全会派で一致すれば、本会議に上程されて、採決されることになります。実るといいのですが...。

 結果は後日お知らせします。

2011年6月15日水曜日

6/15 「区営住宅」、あき家入居の募集始まります

 ★区営住宅(単身向け) 
  かちどき住宅  1戸 (1DK)

 ★区立住宅(世帯向け)
  八丁堀かえで川住宅 1戸 (3DK)
  晴海ガーデンコート  2戸 (3DK)
  晴海ガーデンコート  1戸 (3LDK)
  京橋プラザ住宅    1戸 (2LDK)
  晴海アーバンプラザ  1戸 (3LDK)

 今回の募集は、計7戸です。相変わらず少ないですね...。「宝くじのよう」と言われるのはもっともです。

 申し込み期間は、6月21日(火)~7月1日(金)です。

 「申し込みのしおり」配布場所は、下記の3ヶ所です。
 
 区役所5階住宅課
 日本橋特別出張所
 月島特別出張所

 お問い合わせは、中央区都市整備部住宅課住宅管理係
 電話 03 3546 5467 まで。

2011年6月14日火曜日

6/14 「被災地ボランティア」に行ってきます

 6/17(金)、18(土)、19(日)に2泊3日で、宮城県・石巻市へ行きます。共産党中央地区委員会の第一次ボランティアとして、今回は12名で行きます。

 いっしょに届ける救援物資や救援募金を受付ますので、ぜひご協力をお願いします。

 ★救援募金★

 現金を現地の日本共産党宮城県東部地区委員会・救援対策センターに届けます。また、現地で必要とされている物資を購入して届けます。

 ★救援物資★

 ・野菜(じゃがいも、人参、たまねぎ、など日持ちするもの)
 ・食料品(カップ麺、インスタントコーヒー、紅茶、お茶、粉ミルク、缶詰、米、など)
 ・衣類(肌着、靴下、Tシャツ、夏物衣類、など新品の物に限る)
 ・生活雑貨(バスタオル、石けん、ハンドソープ、シャンプー、洗剤、おむつ、など)

 詳細は、日本共産党中央地区委員会 03 3551 6820 までお問い合わせを。


2011年6月13日月曜日

6/12 「奥村あきこレポート No.22」できました



 6/6の「区民文教委員会」での質問を載せました。

 ●「震災不況の実態はあくと、具体的な支援策を」

 東京都は、東日本大震災の影響による業績悪化や売上げが減少している中小企業を支援するため、「災害緊急」の融資制度を新設し、東京信用保証協会の保証料の2分の1を補助します。

 それに伴い中央区でも、独自に残りの信用保証料を補助するとしていますが、そのためには、まず、都の緊急融資制度を利用していることが条件となります。

 しかし、被災地にある取引先との納品書などを提示するなど、震災と業績悪化の因果関係を証明する必要があり、節電や計画停電など間接的な被害を受けている多くの区内飲食店などにとって、使える制度となっていません。

 震災不況の影響を把握し、国や都に対して具体的な支援策を講じるよう求めていいくべきだとうったえました。

 ●「区内施設での防災対策の全面的な見直しを」

 3/11の東日本大震災発生時、私は「月島社会教育会館」でイベントを開催中でした。

 社会教育会館の管理・運営は、指定管理者制度のもとで民間委託されていますが、会館の一部の担当者はパニックに陥り、利用者を安心させるための適切な対応や誘導ができていませんでした。

 また、当日夜、遠方から来ている私たちのイベントのスタッフや高齢の来場者が帰宅困難者となりましたが、その方々のために社教の部屋を提供するよう、こちら側から提案し、交渉の末、宿泊が実現しました。

 区内施設は、災害時に区民の命を守る大事な場所となります。指定管理者制度のもとで運営されている区内施設での、災害時のマニュアルの見直しを求めました。

 ●「臨海学校の実施には、海水の放射能検査の継続を」

 あるお母さんから、「小学校で夏に館山で臨海学校があるが行かせていいものか」と相談がありました。

 区として現地調査にも行き、千葉県、館山市でも独自に放射能検査をし、問題のないすうちだった、という答弁でしたが、原発事故の状況は刻一刻と変化しています。放射能汚染水がさらに海に流れ出す危険性に備えるため、「今後も臨海学校が開かれるまで継続したチェックと情報公開をするよう求めました。

2011年6月11日土曜日

6/10 「防災等安全対策特別委員会」で質問に立ちました



 ↑ランチは、区役所近くの「インド・ネパール料理 スリティ」にて。マトンカレーをいただきました。辛さは5段階から選べます。地下に入る地味なロケーションですが、お昼時は満席。ネパールの水餃子「モモ」も食べられます。

 ●今度、補正予算に計上される「耐震補強工事費助成」について
 ●「中央区地域防災計画」の見直しを要望
 ●国のガイドラインで定められた「津波避難ビル」が中央区にはあるか
 ●災害時の消防団、町会、警察などの連携について
 ●「お年寄り名簿」の活用

 などについて質問しました。詳細は後日、「奥村あきこレポート」で紹介します。

 

2011年6月7日火曜日

6/6 初!委員会質問

 所属している「区民文教委員会」で、質問に立ちました。

 私の質問項目は
 ①東京都中小企業制度融資「災害緊急」に伴う信用保証料の補助について
 ②平成23年度在籍児童・生徒・園児数及び学級数について
 ③区内施設の防災マニュアル、帰宅困難者問題について
 ④夏季臨海学校(館山)の実施について
 ⑤園庭、校庭などでの放射線測定について

 詳細は、「奥村あきこレポート」に掲載します。

 傍聴席が埋まるくらいのたくさんの人手で、緊張感も生まれ、とてもよかったです。

 本会議の定例会質問と違い、委員会は理事者(区側)も事前にこちらの質問を知らないので、答弁文書を準備しているわけではありません。

 臨場感のあるやりとりが繰り広げられ、傍聴する方にとっては、なかなか面白いものだと思います(質問に立つ私には、そんな余裕は全くありませんが)。

 私が次回質問に立つのは、今週金曜日、6/10の、「防災等安全対策特別委員会」です。またまた質問準備が大変です...。

2011年6月5日日曜日

6/5 区政報告in佃区民館

 今日は13時30分~「区政報告会」を開きました。

 案外多くの方が知らない「議会のしくみ」について話しました。

 本会議とは?定例会とは?委員会とは?どうやって議長を決めるか?各派の交渉、などについて
話すと、「こんな話を聞くのは初めて」と、結構盛り上がり、質問もたくさん出ました。

 結局は、議会での活動が区民には伝わっていないということが、改めてよく分かりました。

 自分の選んだ議員が、日々どんな活動をしているのか、多くの方はよく知らないのです。というか、私たちも十分には知らせていなかったのです。

 共産党は、各議員がそれぞれ、議会での活動を知らせるニュースを作り、「しんぶん赤旗」に織り込むなど、読者の方には、定期的に情報発信をしていますが、「しんぶん」を取っていない方の手元には届きません(街頭宣伝の時に配るものを受け取る方は知ることができますが)。

 そもそも「議会でどんなやりとりがされているのか」ということは、よっぽど興味のある方以外は知らないのが実態です。

 これでは、「何をやっているか分からない。議員なんてもっと少なくていい」と、議員定数削減の議論が出るのももっともです。

 区議会は、自分たちの生活にもっとも身近な問題が決まる場所です。インターネット中継などを実現して、いつでも議会の活動が見られるなど、「開かれた議会」を、これからも要望していきます。


2011年6月3日金曜日

6/3 時間とのたたかい!質問準備

 私の所属が決まった「区民文教委員会」。開会は来週月曜日、午後1時30分です(6/6)。

 昨夜、帰宅すると、自宅ポストに区民文教委員会の理事者(区側)からの「報告事項一覧」が入っていました。

 中央区内共通買い物券の販売について、東京都中小企業融資「災害緊急」に伴う信用保証料の補助について、平成23年度在籍児童・生徒・園児数及び学級数について...、など全11項目にわたります。もともとは、「区民部」と「教育委員会」は分かれていたものが統合されたので、カバーする範囲が広い委員会です。

 質問は基本的に、
 ①毎月委員会開催前に届く、この「報告事項一覧」の中から質問する
 ②委員会が管轄している事業全ての中から自由に「議題」として質問する
 という2本立てです。

 この「報告一覧」ですが、届けられるのがあまりにもギリギリだと思います。以前は委員会開催の前日に届いていたそうなので、これでも改善されたようですが。

 事前に各事業の担当課長から必要な資料をもらう、あるいは分からないことを聞こうにも、時間がない!受け取ったのが昨夜(木曜日)。今日(金曜日)は、午後いっぱい「企画総務委員会」の傍聴予定が入っていたので、担当課長に聞ける時間は、今日の午前中と、質問当日(月曜日)の午前中しかありません。区役所は、もちろん土日は休みですので。

 この限られた時間で、必要な情報を集め、質問を組み立てるのは至難の技です。

 ちなみに、明後日(6/5)日曜日は、佃区民館で私がお話する「区政報告会」が開かれるので、その準備にも追われています。

 「質問とは、時間とのたたかいなり...」。満足な質問が果たしてできるかな~?
 

2011年6月2日木曜日

6/2 委員会日程が決まりました


 ↑今日のランチは、区役所のすぐ裏手にある「イタリアンレストラン サポセントゥ ディ アキ」で。珍しいサルディーニャ島料理のお店です。

 午前中は、『中央区消防運営委員会』に出席しました。

 消防団員の早期退団を解消するための様々な方策について話合われたことを、都知事に提出(答申)することになります。

 その後、新しく議長となった石田英朗さん(自民党)に、申し入れを行いました。

 申し入れ内容は、以下の通りです。
 一、各会派の意見をよく聞き、中立公正の立場を貫くなど、議会制民主主義を尊重すること。
 一、特別区長会議等の対外活動において、事前に各会派の意見を聞くなど、議会の意思を尊重した区議会の代表としての職を務めること。
 一、区民に開かれた区議会への改革の先頭に立つこと。

  

 ★委員会日程決まりました★

 6/3(金)   企画総務委員会(志村たかよし)
 6/6(月)   区民文教委員会(奥村あきこ)
 6/7(火)   福祉保健委員会(加藤ひろし)
 6/8(水)   環境建設委員会(おぐり智恵子)
 
 6/9(木)   築地市場等街づくり対策特別委員会(加藤ひろし)
 6/10(金)  防災等安全特別委員会(奥村あきこ)
 6/13(月)  少子高齢化対策特別委員会(志村たかよし)
 6/15(水)  地域活性化特別委員会(おぐり智恵子)

 来週1週間で、2つの委員会に出席することになります。質問準備で眠れない日が続きそうです...。

 

2011年6月1日水曜日

6/1 「普天間基地ジオラマ」レンタル



 ↑完成図と、工事が進む明石小学校

 昨年に引き続き「平和のための戦争展inよこはま」に、ジオラマを貸し出しました。

 月島まで取りに来てくださったYさんとは、昨年もお会いし、昔月島に住んでいたことや、船乗りだったことなど、私と共通点が多くびっくりしましたが、今日お話したら、明石小学校出身だったことが新たに分かり、またまたびっくりです。

 私も明石小学校保存の運動に加わったこともあること、昨日「区民文教委員会」に所属が決まったので、これからも復興小学校の保存問題を扱うであろうことなどを話して盛り上がりました。

 月島・西仲通り商店街の小さな交番(これも保存運動をして残したものですが)の裏には、映画館があった話なども聞きました。

 思わぬところで不思議な縁もあるものです。

 『平和のための戦争展inよこはま』にぜひ足をお運びください。
 
 6月2日(木)~6月5日(日)
 10時~19時(最終日は18時まで)
 横浜駅西口 かながわ県民センター

 6月5日には特別企画もあります。13時30分~16時
 ★講演 梯 久美子さん(ノンフィクション作家)
  「三國連太郎・水木しげるの昭和20年夏~僕は兵士だった~」
 ★報告 「できることからはじめよう!」
  大学生たちの平和・震災救援活動